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まぁよく不運に見舞われる人っているよね。
バレないだろうと思ってた年金のちょろまかしがバレたりとか政治献金バレたりとか(ry まぁこれは自業自得だからいいが。 それでもこれはスゴイって人がいる。 ニルス・カタヤイネンってフィンランドの第二次大戦のエースなんだが。 最初の出撃で着陸用の脚部が破損、なんと片方の脚部のみで着陸(ここで不幸フラグたつ) 1941年6/28にソ連軍機を初撃墜→カウンターで自分の機体もエンジンに被弾→なんとか着陸。 8/12、二機撃墜して累計撃墜数5でエース→ソ連軍機のカウンター!→燃料タンクに穴がっ→いつ爆発するかも分からない状態でなんとか帰還。 10月、偵察飛行中に対空砲火を受けてエンジンに直撃→なんとか飛行するもどんどん高度は下がる→アレ?エンジンからは黒煙が・・・→なんとか帰還。(この機体を修理して再出撃するのは驚きだが) 陸軍が前線から必死に回収したアメリカ製戦闘機バッファロー(当時はソ連にアメリカが大量の中古武器を貸していた)でテスト飛行中にエンジントラブル→急いで着陸→あっ、脚が沼地にひっかかっt→アッー! 戦闘機壊してばっかのカタヤイネンに爆撃機部隊への転属が出されて左遷、掃除係りを経て再び最前線の戦闘機部隊へ。 だが、またしても彼に不幸がっっ 6/6、数字からして嫌な空気ムンムンだが、この日、敵の20㎜機関砲弾を喰らい、機体の一部が破損→破片がこっち来てる!→脛に刺さった、アッー!→そんなわけでカタヤイネンは病院へと入院したのであった→いいのかい、ホイホイ入院しちゃって?俺はノンk→治療中に結婚 翌年2/27、新型機のメッサーシュミットBf-109Gのテスト飛行に。 カタヤイネンの前に隊長が飛行→なんも異常なしで着陸。 カタヤイネンが飛行→エンジントr(ry→また黒煙が吹きd(ry→緊急着陸に成功、でもエンジンは修理不可能に・・・ 3/6、今日もテスト飛行→吹雪で視界が悪い(´・ω・`)→実は機体がやや左向き・・・→いざ離陸(`・ω・´)→ガッ!!→滑走路の横にあった雪かきの山に衝突→高速で雪原に機体ごとダイブ→アッー!! そして1944年、ソ連の反攻作戦、パンクラチオン作戦開始、カタヤイネンは入院中だったが前線に復帰し、Bf-109Gのテスト飛行も成功、一気にスコアを伸ばすが、またもやの展開('A`) 7/3、出撃して補給後に再出撃→また撃墜、ヒャッホイ→対空砲k(ry→ラジエーターに被弾→胴体着陸、アッー!!→また機体ぶち壊した(´・ω・) 7/5、最後の出撃、任務はソ連軍の補給船団への攻撃→迎撃にきた敵機撃墜!でも今度は40㎜砲弾喰らった!→砲弾のおかげで機体がボロボロ、エンジンも黒煙g(ry、流石に脱出だ、風防(コックピット覆ってる透明パーツ)を飛ばして・・・→アレ?視界が良くなった、基地までいけるんじゃね? と、まぁそう考えたのが運の尽き さぁ、もうすぐ基地へ・・・あれ、意識が・・・→気化したガソリンでハイに→滑走路キタ━(゚∀゚)━!!!!!→そのまま高速で滑走路にダイブ→機体はバラバラ、カタヤイネンも放り出されて主翼の近くに転がっていた いや、でも生きてたんですけどね。 額には傷が残ったものの、一命を取りとめてまた復帰。 終戦を迎えて11月には予備役編入、12月に除隊。 その後は不幸だった男の割りに幸せだったようで、市役所に定年まで勤めで78歳で天寿をまっとうするという・・・ しかし、孫とかがいるとしたらどんな昔話してたんだろうか? 「じいちゃんはなぁ、機体ごと滑走路に突っ込んだんぢゃよ」 とか話してたのかと思うとかなりシュールだな(;´Д`A PR |
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